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2007年2月28日 (水)

歩く51中山道⑬

File0101 File0102 12日目 7月8日 和田宿→下諏訪  今日は中山道一番の難所 和田峠を越すので張り切って出発しました。宿でおにぎりとお茶を用意して6:50に宿を出ました。和田村の子供は私が歩いていると「オハヨウゴザイマス」と元気に声を掛けてくれて気持ちがいい。太陽は朝からギラギラと照りつけます。男女口(おめくらぐち)で新トンネルと旧トンネルに行く道が分かれます。そのどちらも選ばず、中山道の昔の道を行くことにします。(写真)細い山道は木陰もあり涼しくて実に気持ちがいい。昔の接待所とか茶やの跡もあるが廃屋になっていて、人が歩く気配がない。東の餅屋で一休み、古峠の頂上で(写真)草刈に来ているお年寄り数人に会いました。村に頼まれて山道の整備をしているとのことでした。ここから先は下りです。急な坂道が続きキビシイ。142号線を3回ほど横切りましたが、危険なところも多く(ここで転んで谷底に落ちたら携帯も通じないしオシマイだな)慎重に歩きました。途中日陰を見つけて、おにぎり の昼飯がうまい。今日は、一気に和田峠を越す予定は無く、途中に適当なロッジでもあったら泊まろうと思っていたが行けども行けども何も無い。とうとう下諏訪の町に入ってしまいました。諏訪大社に着いて参拝。タクシーで上諏訪駅に行き、あずさ に乗って帰りました。今までの中で一番歩きましたがそれほどヘタバラナイ、自分の足にも自信がつきました。久しぶりに山道を堪能できて素晴らしい思い出となった一日でした。   28.3km

費用 本亭8,610 ジュース120 コーラ120 餅と茶920 車中のビール250 合計10,020

2007年2月27日 (火)

歩く50 中山道⑫

File0098 File0100 11日目 7月7日 茂田井→和田宿 梅雨というのに晴れた日が続きます。長野新幹線の佐久平駅にT家のSチャンが迎えにきてくれました。前回車で拾ってもらった地点で下ろしてもらい歩き出しました。8時50分です。旧中山道のこのあたりは旧家が多く、白壁が続き見事なたたずまいです。(写真)旧道から142号線に出て笠取峠、いつか知らない間にバイパスを歩いていたので旧道を探して戻りました。昔の家波が続きます。今日は本当に暑い。大和橋を渡り学校下を過ぎたあたりから和田宿です。(写真) 今夜の宿”本亭”を探しました。すぐ分かりました。田舎の旅館でいささかみすぼらしい。大声を上げても誰も出てこない。やっと2階に上げてもらっても勿論クーラーなど無い。風呂に入って一休みしてから散歩にでて麦わら帽子とバナナを買いました。泊まり客は私一人、若いご夫婦がやっているらしいが料理もお酒も旨かった。夜中に嫁さんのオヤジさんが酔っ払ってきて一騒動。          19.6km

飛揚 JR8,260 朝食630 昼食1050 新聞140 お茶150 麦わら帽子とバナナ612 合計10,842

2007年2月26日 (月)

歩く49 中山道⑪

File0096 File0097 10日目 6月17日 岩村田佐久セントラルホテル→武重さんのお宅  このホテルには大きい風呂があったのは朝になって気が付いた。残念夕べ入ればよかった。ホテルの朝食を食べて8時に出ました。旧中山道を歩きましたが佐久の平は眺めがよい。(写真) 浅間山はかすんで見えない。塩名田の信号の近くに中津橋があるが、ここ千曲川のほとりには川魚を食べさせる 竹の屋 があります。昔来た事があったが旨かった。少し歩いて浅科の村役場でこの近くの案内図をもらったが 役に立たない。八幡西から山を越すのをやめて、昔の望月トンネルを通る。出たところのガソリンスタンドでもらった地図は明瞭。茂田井のTさん(私の家内の姉の嫁ぎ先)の家も分かる。望月の町に入ってレストランラ・フェステで味噌カツ定食にビール少々。ここから茂田井までは又ちいさな山を越さなければならない。”趣味の家”に立ち寄ってお茶を頂く。山の上の本牧小学校の近くで偶然T家のSチャンの運転する車に合う。”母を迎えにいくところです”とのこと。10分くらいでその車が戻って来て、乗せてもらってTさんの家に着きました。この家は旧中山道沿いに建てられた古い家で、映画”たそがれ清兵衛”のロケにも使われました(写真)ここですっかりご馳走になり、A君に佐久平まで送ってもらって帰りました。自宅には5:20に到着       15.4km

費用 ホテル6,675 茶150 あめ350 昼食1,280 オロナミン110 合計8,565

2007年2月25日 (日)

歩く48 中山道⑩

File0094 File0095 9日目 6月16日 軽井沢→岩村田佐久セントラルホテル  10日ほど前に梅雨入りしたが、ここ2,3日は天気がよい。今日も朝から快晴。軽井沢を8:20に歩き出す。9:00に中軽井沢を通過,借宿に着く。さすが軽井沢 空気がさわやかで寒い。浅間山が美しい(写真)。もう一枚ウインドヤッケが欲しかった。18号線は車が多いが片側だけに歩道が付いていて歩きやすい。追分で18号と別れて旧中山道に入ります(写真)。下り坂を歩いていると次第に暑さを感じてきます。御代田の駅近くガードをくぐって出たところで昼飯。カレーライスを食べながらここのオヤジさんに聞いたところでは、軽井沢は少し湿っているが、ここ御代田は乾燥している、住みやすいのはこちらだ、とのことでした。小田井の宿を過ぎてから6kmほどで岩村田に入ります。本町を右に曲がって小海線を越すと右に佐久セントラルホテルがあります。今日はここへ泊まります。    18.9km

費用 JR7,610 朝食267 新聞140 昼食1,150 夕食2,630 合計11,797

2007年2月24日 (土)

歩く47中山道⑨

File0092_1 File0093_1 8日目 5月7日 横川→軽井沢   2.3日前からの強い雨風もやんで素晴らしい天候に恵まれました。横川の駅で遊歩道の地図をもらって、8時に歩き始めました。電車の来ない踏み切りを渡ったが、そこがアプト遊歩道の出発点でした。そのまま通り過ぎて旧道を歩きましたが坂本宿のすぐ先から遊歩道に下りてみました。この道はその昔碓氷峠を越える列車のアプト式線路跡ですが、レールが外された道は整備されていて実に素敵な遊歩道でした。(写真) 新緑の輝き、鶯の鳴き声、森の香り、誰もいない道を一人で歩くのは最高の気分でした。この道を選択したのは正解でした。絶対お奨めのコースです。是非一度歩いてみてください。トンネルを5つ抜けると めがね橋 です(写真)。遊歩道はここまで。旧道を熊野神社経由の道も考えましたが、遠回りになるので旧18号線を歩きました。カーブ毎に番号が付いています。C=184 の地点が碓氷峠の頂上でした。前を見ると もう 軽井沢の駅です。20分足らずで駅前の食堂に入りました。蕎麦 ビール が実にうまかった。帰りは 新幹線の あさま で帰りました。   18.5km

費用 JR6,880 新聞他392 朝食450 茶120 蕎麦とビール2,250 合計10,092

2007年2月23日 (金)

歩く46 中山道⑧

File0090 File0091 7日目 4月16日 群馬八幡→横川  東京駅から新幹線の とき で高崎へ、信越線に乗り換えて群馬八幡で下車。7時半から歩き始めます。暖かくなってきて、歩き出して3kmでセーターを脱ぎました。18号線を歩いて間もなく道が3つに分かれていますが真ん中が旧道、今日は旧道を歩きましたが車は少なく、歩きやすく妙義山が美しくて楽しい一日でした。安中の精錬所の写真を撮ろうとしたら、カメラにメモリーチップが入っていない、コンビにでウツルンデスを買いました。板鼻宿、安中宿、松井田宿を通り一回も休むことなく横川の駅に着きました。今日はよく歩いた。ここで釜飯で昼食。帰りは高崎に出て新幹線、これが満員で座れない。自宅には4時頃着きました。       21.9km

費用 JR6,220 新聞他440 朝食590 カメラ924 ハンカチ399 昼食1,280 合計9,853

2007年2月22日 (木)

歩く45 中山道⑦

File0088 File0089 6日目 4月1日 新町→群馬八幡   暖かくなってきてフリーツをやめてジャンバーにしたがやっぱりまだ少し寒い。途中でホカロンの世話になりました。新町を出たのが8:10 ここも歩きやすい幹線道路を歩きました。途中日本橋より100kmの標識が見えます(写真)。新柳瀬橋で烏川を渡り高崎市に入りました。南高崎駅の近くで17号線から18号線に変わります。君が代橋の近くで蕎麦の昼食。このあたりは碓氷川と烏川の合流地点、丁度桜も満開で眺めがよい。(写真)携帯に会社から電話が入り帰ることにしました。予定の安中まで行くのはやめて、群馬八幡から戻りました。    16.5km

費用 JR6,490 弁当236 新聞140 蕎麦780 ビール他360 合計8,056

2007年2月21日 (水)

歩く44 中山道⑥

File0084 File0087 一寸鼻水が出て風邪かな?と蒲団の中で迷いましたが天気予報が”おだやかな快晴”と報じていたので歩くことにしました。深谷の駅には9時頃着きました。この駅は東京駅を模した赤レンガ造りで、駅の中も立派なものでした。(写真)主に17号線を歩いて四十坂下で17号のバイパスと一緒になります。この合流から2.4km歩いて諏訪町で左折すると本庄市内です。蕎麦やに入って恵比寿ビールの黒の小瓶とザル蕎麦で昼食。ここを出て神保原のあたりで道路工事に出会い回り道をして17号に出て新町駅(写真)まで歩きました。中山道は東海道と違って幹線道路の歩道が整備されているので、旧道を歩くよりも楽でした。   20.1km

費用 JR2,900 新聞140 はちみつレモン130 蕎麦や1,000 合計4,170

2007年2月20日 (火)

歩く43 中山道⑤

File0085 File0086 4日目 2月19日 吹上→深谷駅 吹上を8:20から歩き始めました。快晴です。熊谷に入ったところでこの土地の有名人 Yさんに「近くまで来ています」と挨拶の電話をすると、一緒に食事をしましょうということになりました。籠原のあたりから17号線を歩きます。この道は歩道がガッチリしたガードレールで守られていて安心して歩けます。旧道は狭くて車が多くて危ない。深谷に着いたらYさんが迎えに来てくれて、中山道の旧街道を案内してくれました。見返りの松(写真)など松並木が見事に残っていて風情のあるところです。下奈良の蕎麦やに寄って(写真) 酒、蕎麦、料理 をご馳走になりました。実に旨い。この後 Yさんの自宅にお邪魔して、ゴルフの講義をうけて帰宅しました。      19.8km

費用 JR2060 新聞140 ホットレモン130 合計2330

2007年2月19日 (月)

歩く42 中山道④

File0082 File0083 3日目 2月6日 上野駅の高崎線は分かりにくい。籠原行きに乗りました。上尾は9時ころから歩きは始めました。旧道を歩いたが、分かりやすく歩きやすい。17号とは並行しています。桶川、北本(写真)、鴻巣、に来て昼飯、うな重を食べたが、ご飯が柔らかくてまずかった。この町は人形店が多い(写真)北鴻巣を過ぎて今日の目的地 吹上駅の北口で2時半です。近くに住む知人の産婦人科の院長さんに「近くに来たので御挨拶に電話しました」というと「残念ながら今 手が離せない」とのことでしたので、そのまま自宅に帰りました。   今日歩いたのは 20.1km 

費用 JR1600 新聞140 うなぎ他1575 チョコ他233 合計3548

2007年2月18日 (日)

歩く41 中山道②

File0080 File0081 2日目 平成16年1月28日 戸田公園→上尾駅  埼京線で戸田公園に行き、8時頃から歩き始めました。快晴。車の多い17号線を北上、1時間ほどで東京外環自動車道の下を通って700mくらい、JOMOのスタンドを右に曲がると旧中山道の看板があります。そこを斜めに入ると一直線、焼米坂(写真)、浦和駅西口、与野と歩きます。大宮の手前にさいたま新都心駅があります。合同庁舎、スーパーアリーナの巨大な建造物がありますが、コリャナンジャ 役に立つのか と思いながら進みました。大宮は大きい。宮原を過ぎて、途中お土産に漬物を買って(写真)上尾に着きました。上尾には思い出があります。50年前、ここに凍結乾燥の小さい工場があって勉強に通いました。今まで私のいた会社の凍結乾燥部門の始まりです。上尾の駅前マルヒロデパートの6階の寿司屋で昼食。ここのオヤジさんの話では、20年前市が建ててジャスコに貸したが9年目に保証金45億円そっくりもって出てしまった。その後マルヒロが入ってきた・・云々。建物は T建設が建てたものだが使い勝手が悪いらしいなどなど  そういえば、うちの本社も最近T建設がつくったが。  この日21.6km

費用 JR1030 西武線160 お茶136 土産871 寿司3680 合計5877

2007年2月17日 (土)

歩く40 中山道②

File0078 File0079 1日目 平成16年1月22日 日本橋→戸田公園  快晴 東西線で日本橋に出て,橋の中央にある日本道路原標を写真に収めてから歩き出す。7:15 神田のガードをくぐり万世橋 昌平橋、神田明神下と都心の17号線を歩きます。本郷通りに入って東大前を少し行ったところから旧道に入ります。白山通り、千石、巣鴨駅前を通り、とげぬき地蔵(写真)の通りから中山道は一直線に北に向かいます。志村の交番で17号線に合流して(写真)そのまま戸田橋を渡って左に折れると戸田公園。ここにはボートレースのコースがあって50年位前にはよく来たものでした。戸田公園から埼京線で帰りました。自宅には午後1時半ころ着きました。                          17.7km

費用 東西線230 埼京線380 茶136 チョコレート99 合計845

2007年2月16日 (金)

歩く39 中山道①

File0076 File0077 はじめに    東海道を歩き終わったのが、平成15年12月8日 年を越して16年 今度は中山道を歩くことにしました。中山道は起点も終点も全く東海道と同じ、日本橋から京都の三条大橋までです。中山道は日本橋から北に向かって歩き出し、高崎を通って軽井沢に行き、佐久に出て和田峠を越え塩尻峠から木曾路に入り、岐阜県の中津川から滋賀県の彦根を通って草津で東海道と合流すると、間もなく三条大橋の終点に達します。この間534km 69次  東海道より42km長い、東海道に較べると山道が多く起伏が激しいが、川幅が狭いため、長雨による足留めは少なかったと思います。皇女和宮が都から江戸に下向される時は中山道を使われたと聞きますから、女性は大きな川で雲助の世話になるのを嫌って多くこちらを通ったかも知れません。私は16年の年明け早々中山道を一人で歩く計画を立てました。今回も1日20km 30日で歩ききるのを目標とし、地図は昭文社の県別マップル街道の説明書として 山と渓谷社の「中山道を歩く」(写真)を用意しました。

2007年2月15日 (木)

歩く38 東海道31

File0075 あとがき

14年8月31日より15年12月8日まで 東京日本橋→京都三条大橋を 1年と4ヶ月  28日間をかけて東海道492km(公式)、私のキルビメ^ターや歩数の計算だと526.3kmを歩きました。私の計算は毎日々々の歩数と歩幅から計算したものであまりアテになりませんが、寄り道など入れて500kmとします。1日平均18km弱歩いたことになります。昔の記録では平均1日40km弱 しかも毎日のことです。京都と江戸の間を12日から15日で歩いていたのですから驚きます。食事もご飯と味噌汁と若干のおかずがあったことと思いますが、米と味噌の栄養バランスの素晴らしさを実感しました。私は神社仏閣などの名所旧跡はあまり興味がなく通りすぎました。後になってもう少し歴史を調べて丁寧に見て歩けばよかったなと後悔しましたが、このあと中山道を歩いた時も同じでしたからダメですね。歩き始めるとその日の目標地点に向かってひたすら歩き続けるという姿勢でした。早く着いて風呂に入りたい、一杯飲みたいという無粋な下心が働いてしまうのです。性格ですね。    ところで かかった費用はその都度書きましたがトータルで 331,489円 そのうちJRなどの交通費が 174,240円 で約半分でした。

写真は翌日の京都見物 平安神宮です。

2007年2月14日 (水)

歩く37 東海道30

File0074 28日目 15年12月8日 石山→京都三条大橋終点  とうとうこの日が来た と一寸した感慨。 一日20km 25日間で歩く予定が28日かかりました。この日は朝から快晴で寒い。7時半に出る。逢坂山は百人一首でおなじみだがあるいてみると低い山でした。途中に逢坂の関があります。今日は殆んど車の多い1号線を歩いて8.6kmで追分。八橋の井筒屋に寄ってお茶を飲む。蹴上から左に折れてまっすぐ三条通りを歩くと間もなく三条大橋に着きます。ユックリ歩いたつもりが12時前に着いてしまって約束の時間より早い。12時にカミサンから携帯に電話があり東山三条ホテルで落ち合う。12時半に二人で大橋に行くと、戸田さん夫妻がなんと 幟持参(写真)で来てくださる。しかも読売新聞の記者も取材に来ていたのにはたまげました。橋のたもとの「眺」というレストランで東海道踏破の祝杯を挙げました。余談ですが、この新聞記者には「東海道踏破なんて今時 快挙 でもなんでもない。100歳の時又来るからそれまで頼むから記事にしないでくれ」と話して了解してくれました が 酒だけはしっかり飲んで帰りました。このとき 私の年齢は75歳5ヶ月 でした。    17.2km

費用 東山三条ホテル その日の宿泊2人分 13,000  

2007年2月13日 (火)

歩く36 東海道29

File0073 27日目 12月8日 甲西→石山  年内に京都まで歩くことにして、明日は三条大橋の終点に到着の予定を立てました。家内(足が少し具合が悪いので一緒に歩けなかった)とは三条大橋で待ち合わせることにしました。私は一人ひかりで京都まで行き、琵琶湖線で草津まで行き、乗り換えて甲西に着いたのが10時でした。今日はここから歩きます。草津線を右に見ながら旧道を歩くます。石部駅を過ぎて1号線に出ます。昼食は回転すしにビール。ここを出てから旧道が分からないので1号線を歩くことにしました。歩道がシッカリ分かれていて歩きやすい。天気はよいが風が強い1日でした。瀬田大橋(写真)に着いてから今日のホテルを探すのに一苦労。かなり歩いたがあまり疲れませんでした。       23.2km

費用 JR18,270 新聞140 朝食310 茶150 JR480 寿司1,134 ホテル7,000       合計 27,484          

2007年2月12日 (月)

歩く35 東海道28

File0072 26日目 11月15日 土山→甲西  くさい 旅館からは7時15分に出ました。この朝のことですが和風トイレでシャガメないのです。洋風便器に慣れて、長くしゃがむことが出来ない自分に愕然。腰から下の筋肉を鍛えなければいけない、その為にはうさぎ跳びをしようか などと考えながら歩きました。白川橋から旧道に入ります。甲西の駅までは1号線と旧道を交互に歩くような感じ、昼過ぎに甲西の駅に着きました。今日は歩きの3日目 早めに帰ることにして、すぐ電車に乗り草津に出て京都に行って新幹線。乗り継ぎ時間がうまく行きすぎて昼食をとる間がない。ひかりの車中でサンドイッチを肴にビール、ワインを飲みました。夕方には自宅。   19.0km

費用 JR甲西京都480 車中サンドイッチ、ビール、ワイン1,130 その他386 合計1,996

2007年2月11日 (日)

歩く34 東海道27

File0070 File0071_2 25日目 11月14日 関→土山町  関はその昔鈴鹿峠の出入りを取り締まった関所があり鈴鹿峠とともに歴史小説ではよく聞く名前です。箱根並みの難関な山道を想定して、今日歩く道の距離は短めに設定しました。関のロッジを出て坂下宿を通り土山宿までです。朝7時半に出発。快晴、旧道も分かりやすく、茶畑の多い道や、石畳の道(写真)を気持ちよく歩きました。坂上田村麻呂を祭った田村神社で一休み(写真)、張り切って登ったがアッサリ峠を越して目的地の土山に着いてしまいました。12時には道路脇の小さい食堂で牡蠣フライ定食食べましたが、目の前に予約した旅館「まるさ」がありました。(見るからにゴソマツ)夕方からお世話になりますと言った手前入るわけにもいかず、時間をつぶしてから入ったら、懐かしい「汲み取り便所」の匂いと、84歳の老婆が迎えてくれました。茶色い畳、破れたふすま、湿った蒲団 昔の旅籠 もかくや と貴重な体験をしました。夕食の料理も冷たくなったテンヤモノでしたが、お酒とビールがありましたので、どうやらその夜を過ごしました。思い出深い1日でした。   16.0km

費用 牡蠣フライとビール1,050 旅館マルサ8,000  合計9,050

2007年2月10日 (土)

歩く33 東海道26

24日目 15年11月13日 四日市→関File0069   この日のひかりは満席で次のこだまを利用する。名古屋乗換えでワイドビュウ南紀1号で四日市に着いたのが8:24すぐ歩き始めました。10時ころ追分に入り、ここから旧道。車の少ない道、昔の街道に入るとほっとします。加佐登まで25,463歩14.1kmになりました。今日の目的地 関宿まで16kmとすると合計30km。これは一寸キツイ、宿舎に着く頃は暗くなるし、遅くなって迷惑もかける。それに明日は鈴鹿峠を越えなければいけない、色々考えてすぐ脇を走っている関西本線に乗りました。井田川、亀山の次が関   で File0068す。明るいうちに関ロッジに着きましたが、ここで歩くのを止めて乗り物を使ったことは「東海道完全踏破」の看板に少々傷をつけたと、後々までも気になりました。今でも「あの時乗らなければよかった」と思います。この関の宿は昔の街道の面影が残してあって(したがって観光地でもある)楽しいところです。(写真) 1.5kmも歩いてロッジに着きました。このロッジは設備がよく、風呂よし、食事が旨く、飲んだ割りに値段が安い、今までで一番よい宿でした。これから歩く人にお勧めです。File0068_4

費用 JR18,360 急行520 朝食など380 昼食2,240 JR370 ロッジ7,505 合計29,377

2007年2月 9日 (金)

歩く32 東海道25

File0066 23日目 10月24日 桑名→四日市 二晩泊まったから今日は帰る日。歩く距離は短く予定をたてる。昔の東海道があるはずだがよく分からない。国道1号線を歩くことにする。四日市は工業の町、高い煙突が目に付きます。間もなくJRの四日市に着きます。名物の餅を買って帰りました。歩きながら考えたことですが、名古屋からの東海道は歩くみちは南回りで、亀山から鈴鹿峠を越して草津を通って京都に行くが、汽車の線路は雪の多い関が原を通って米原から草津に行って京都に入ります。新幹線も同じく北回りで、冬になると毎度雪のため遅延します。距離はそれほど違わない。何故だろう。よく分かりません。     14.5km

費用 JR460 弁当750 その他1,140  合計2,350

2007年2月 8日 (木)

歩く31 東海道24

22日目 10月23日 笠寺→桑名 快晴、風が強い、笠寺の駅から熱田駅に行き熱田神宮前から歩き始める。昔の東海道はこの辺りから船で桑名に行ったものだが、今はその線はない。私は国道1号線を歩きました。1号線は車のための道であって歩行者には不親切です。ずっと車に怯えながら歩きました。File0063このあたりは橋が多い、 庄内川は一色大橋で、新川は三日月橋で、戸田川File0064 File0065は富長橋で渡り、ついで 蟹江大橋、芝切橋、日光大橋 、善太橋と渡り、木曾川は尾張大橋、長良川の伊勢大橋を渡ると三重県に入ります。3時に桑名パークホテルに着きました。今日は大分歩いたが大丈夫。24.9km 写真は左から 日光大橋、尾張大橋、長良川河口堤水門 

費用 JR180 ホテル6,660 夕食2,499 その他147  合計9,486

2007年2月 7日 (水)

歩く30 東海道23

File0061 File006221日目 10月22日 知立→笠寺 新幹線で名古屋へ、名鉄で知立。小雨が止むと思ったが雨足が強くなりコンビニで雨具を着る。雨具は登山用に使うものでしっかりしている。名鉄の競馬場駅前より旧道に入り、トラックのハネミズは無くなった。有松を通る。ここは絞り染めの町、風情があります。左京山駅近くで昼食、雨も止んで明るくなってきました。鳴海駅の先を右折して間もなく笠寺西門(写真)。名古屋環状を左折して笠寺ワシントンホテルに着きました。ホテルで休んでから近くの熱田神宮の参拝(写真)、帰りに木曽路によって牛肉のしゃぶしゃぶの夕食。この頃の歩きは行き当たりばったりでホテルを決めるのではなく、予めビジネスホテルをネットで探して予約することにしました。   18.3km

費用 JR17,900 ホテル8,890 昼食1,450 その他977  合計29,217

2007年2月 6日 (火)

歩く29 東海道22

File0059 File0060 20日目 15年9月20日 岡崎第一ホテル→知立(チリュウ) 2日続けて歩いたが疲れはない。ホテルの朝食はパンとバターとコーヒーのみ(但し無料)。昨夜の寿司屋で八丁味噌の工場見学を勧められ、その気になってゆっくりとホテルを出る。2日間で汗だらけになった下着を宅急便で送って身軽になった。岡崎城、岡崎公園で時間をつぶし、お城より八丁のところにある八丁味噌の工場に行く。9時より工場見学。昔の味噌造りの姿が残っていて興味深い。みそアイスクリームを食べて、10時に1号線を歩き始めました。矢作川を渡り尾崎町東で旧道に入ります。このあたり旧道と国道1号と名鉄が並行して走っています。宇頭茶屋、明治川神社、今本町、御林と歩いて名鉄知立につきました。今日はここで終わり。豊橋に出て新幹線で帰りました。          18.0km

費用 ソフトアイス250 宅急便1160 名鉄710 ラーメンとビール920 帰りの車中他560   合計3,600

2007年2月 5日 (月)

歩く28 東海道21

File0047 File005819日目 9月29日 国府駅→岡崎市役所   ビジネスホテルの朝食は意外とうまかった(有料?)。豊川稲荷がすぐ近くにあると聞いてお参りに行きました(写真)。昨日の国府駅までタクシーで戻り(7km4260円はイタイ)歩き始めました。1号線を600mほど行って、御油(ゴユ)から旧道に入ります。その時後ろから「昨日はどうも」と声を掛けられました。このあたりに知った人はいないはずだがと思いながら見ると昨日のタクシーの運転手でした。マラソンの練習中です。車の中で聞き流した話「京都から東京を5日で走った」「アメリカの西から東まで走った」もまんざら嘘ではないと、感心しました。しばらく歩きやすい旧道を行き,途中イチビキの工場の前を通り(写真)、関屋からまた1号線に入ります。車の流れは物凄いがチャンとした歩道がない、コワイ思いをしながら東名高速の岡崎インターのちかくまで行きました。昼飯。運転手相手の食堂らしくビールが出ないのでガックリ。そこを出てこの日の目的とする岡崎市役所前までいってビジネスホテルを教えてもらい落ち着きました。ビジネスホテルは夕食が出ません。乙川沿いの蛇の目寿司で飲んで食べて4500円は予算オーバー、これからは”すし屋”はヤメマスと心に誓いながらぐっすり休みました。

費用 タクシー4,260 寿司4,500 オフダ500 その他1,420 合計10,680

2007年2月 4日 (日)

歩く27 東海道20

File0045 File0046 18日目 15年9月28日 二川駅→国府(コウ)駅   今回は2泊3日の予定で出発する。荷物が大きい。二川駅から歩き始めたのが8:50 火打ち坂を登って大岩町を左方向に進み殿田橋から4kmで豊橋に入ります。つい最近ここに住む中学の同級生の笠井君が亡くなったので、立ち寄ってお線香でも上げて行きたいと思い奥さんに電話をしたら、最寄の駅まで迎いに出るとのこと,渥美線で向丘に行き、ご冥福をお祈りしました。死ぬ少し前にヒマラヤのアンナプルナに行った話など写真を見ながら聞かされて聊か泣けてきました。もう一度豊橋駅に戻りラーメンで昼食、とよはし(写真)を渡って9.6kmで国府に着きます。駅近くの交番で今夜の宿を聞いたところ、親切にアチコチ電話してさがしてくれたがダメ。結局駅前でタクシーを拾ってビジネスホテルを案内してもらいました。このタクシーの運転手、マラソンが趣味で1日100kmくらい走っているというがマサカと思って聞き流していました。かなり走って(写真)クオリティーというビジネスホテルに入りました。 18.7km

費用 JR11,440 渥美線480 花1,365 昼1,100 ホテル7,455 タクシー1,590 夕食2,310その他700       合計26,440

2007年2月 3日 (土)

歩く26 東海道⑲

File0043 File0044 17日目 15年9月13日 新居町→二川(フタガワ)駅    天気予報では名古屋地方は雨とのことだったが浜松で乗り換え新居町駅に着いたときは快晴、カメラを忘れてきたのでウツルンデスを購入、歩き出して15分くらいで関所(写真)があります。昔はこの辺りまで湖だったようです。関所跡から北に向かい橋本西より旧道。一本道で車が少なく歩きやすい。潮見坂を通り一里山で昼食、汗だらけの下着を取り替える。二川のガードをくぐったあたりが二川宿(写真)、間もなく二川駅。ここで在来線に乗り豊橋に出て新幹線で帰りました。    16.5km

費用 JR11,220 カメラ1,134 昼食1,130 その他1,567 合計15,051

2007年2月 2日 (金)

歩く25 東海道⑲

File0041 File0042 16日目 15年7月26日 高塚→新居町  高塚駅から歩く。何回も歩くが買い物をしたことが無い、一度くらいお土産を買ってきたらどうですか、という家内の言葉を思い出して、今日は珍しく浜名湖の近くで「しらす」を300g買いました。舞阪のあたりは海産物が旨いので有名ですが、昼飯にはまだ早い。弁天島の手前で脇本陣の建物を見物(写真)。昔は船で対岸に渡ったそうですが(写真)今は橋を歩いて渡ります。新居の駅の手前でウナギを食べることにしました。少し早いが今日はここで終わり。というのはここから先、道がJRの東海道線と離れるので調整、次回はここから駅のある二川まで歩くことにしました。10.4km歩く

費用 JR10,780  昼食ウナギ3,276  その他1,115   合計15,171

2007年2月 1日 (木)

歩く24 東海道⑰

File0040 15日目 15年7月12日 磐田→高塚  朝から小雨、ずっと天候には恵まれてきたが毎回雨具は用意してあります。1回くらい雨の日も経験してやろうと出かけました。浜松で乗り換えて磐田の駅に着くころは雨は止んで晴れてきました。歩き始めて5kmほどで天竜川を渡ります。この橋には歩行者用の道がありません(写真)猛スピードで走ってくる大型トラックを避けながらやっとの思いで渡りきりました。このあたり人影がありません。浜松駅の近くの中華料理店で昼食、気温が上がって蒸し暑いので大汗をかいて ビール が旨い。更に6km歩いて高塚の駅に着きました        18km歩く

費用 JR10,560 昼食1,430 その他1,460  合計13,450

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